ポーカー女子はなぜ「美女ばかり」に見えるのか
― 女性ポーカープレイヤーとルッキズムの違和感 ―
WSOP(ワールドシリーズオブポーカー)のレディースチャンピオンシップにおいて、2024年、2025年と連覇を果たした日本人女性がいる。素晴らしい快挙だ!!
高学歴の元証券会社勤務、しかも美しい。
ふとYouTubeに目を向けると、世界中でプレーする様子を配信している女性ポーカープレイヤーのインフルエンサーがいる。多くは魅力的な外見を持っている。
某TVでシリーズ配信されていた<Queen Of Poker>も、出場者は若年層の女性が中心で、華やかな印象だった。
美女、美女、美女。
メディアに登場する女性ポーカープレイヤーは、そうした印象に偏って見える。
こうした外見的な魅力によって女性ポーカープレイヤー界隈が注目されるのは、決して悪いことではない。
しかし正直に言うと、「なぜここまで偏るのか」という違和感が残る。
もちろん、彼女たちは実力があってこそ評価されている。
見られる立場にあることで美しさが磨かれていくのか。
それとも、もともと人前に出ることに適した人が選ばれているのか。
理由は一つではないだろう。
ただ、この「美しさに偏った見え方」が、ポーカーへの心理的なハードルを上げているのではないか、と感じる。
例えば、これからポーカーを始めようとする人がいるとする。
メディアに登場する人たちがみな華やかな存在だった場合、「自分には向いていないのではないか」「こういう世界に入っていいのだろうか」と、ためらいを感じる人もいるのではないだろうか。
テレビ番組はなぜ、こうした見せ方になるのだろう。
歌番組や身体能力を競う番組では、出演者は必ずしも外見だけで選ばれているわけではない。背景や実力が重視されているように見える。
一方でポーカーにおいては、女性に対して「実力に加えて見た目も一定以上」という暗黙の基準が存在してはいないだろうか。
そこに、見えにくいルッキズムを感じる。
もっと、近所にいそうな人や、年齢を重ねたプレイヤーが登場してもいいのではないか。
ポーカーは本来、もっと大衆的で、多様な人が楽しめるゲームのはずだ。
では、どのような場が理想なのか。
実力・思考・楽しさが主役となるポーカー文化。
見た目や年齢に関係なく、「やってみたい」と思った人が自然に参加できる場。
そんな空気が広がっていけばいいと思う。
ポーカー歴の浅い一般プレイヤーである私も、来月台湾に行く予定だ。
現地のポーカールームでプレーしてみたいと思い、久々、日々アプリで練習を重ねている。
